産業での活用が進むデジタルツインとフィジカル AI
NVIDIAは、NVIDIA Omniverseによるデジタルツインに物理データを加えたフィジカル AI による産業デジタル化を推進しています。OpenUSD ベースでの3Dシーンを構築する Omniverse に、フィジカルAI構築向け世界基盤モデルである NVIDIA Cosmos™ を組み合わせることで、自動運転車やロボットのシミュレーションやトレーニングが飛躍的に効率化し、進化します。この Omniverse と Cosmos の活用は製造業を始めとした多様な産業でも導入が始まろうとしています。
国内で早期に Omniverse の活用を進めてきたオムロン株式会社は、産業オートメーションソリューションにデジタルツインに加えてフィジカル AI も視野に入れた新たな統合を進めています。
GTC 2025 で オムロンX線検査システムVT-Xシリーズを展示デモ
今年3月にサンノゼで開催された GTC 2025 では、オムロンは、同社のX線検査システムを用いて、ファクトリー オートメーション(FA)統合開発環境 Sysmac Studioが Omniverse と連携し、コントローラー、センサー、サーボモーター、安全装置などFA機器の装置内部での稼働状態がデジタルツインを用いて正確に再現できる様子を紹介しました。

展示されたVT-X シリーズは、実装後基板のはんだ接合状態の検査を対象とし、高密度化、多層化、高難度化する基板に対し、内部や両面検査など多様なニーズに応えるCT型X線検査装置です。検査対象の内部を3Dで捉えることで、不良の発生箇所の特定やはんだの形状把握から、より正確な良否判定をアシストします。この装置には 同社の最新のFA技術が搭載され、NVIDIA RTX GPUを組み込んだ高度な処理能力により基板から半導体チップまで様々な用途に合わせて1画素辺り最小0.2μm、1視野最速1.4秒の検査を実現するなど、検査精度と高速性の両立を実現しています。コントローラNXシリーズでは60FPSの高速データ通信を実現し、制御ロジックを変更することなく、デジタルツイン上でほぼリアルタイムに再現可能です。デジタルツインの解像度は30μmを実現しました。
デモには株式会社Awwが企画プロデュースしている「Ria」を起用し、自然言語で検査プログラムの作成をアシストする様子も披露されました。バーチャルヒューマンを通じて音声による直感的で分かりやすい操作を可能にしました。
デジタルツインを活用した設備開発の効率化
オムロンでは短い製品ライフサイクル、変種変量生産が求められる製造業のニーズに合わせ、デジタルツインを活用した設備開発効率化の実現に2011年から取り組んできました。2016年には買収したアデプト テクノロジー社の産業用ロボットの技術を融合させ、ロボットを含めた設備機構をシミュレーションできる「ロボット統合コントローラー」を開発しました。2017年には性能や拡張性などの観点から NVIDIAがオープンソース化したリアルタイム物理シミュレーションエンジン PhysXを採用しました。オムロン 商品事業本部 コントローラ事業部 情報ソフトウェア開発部 岩村慎太郎氏は、ロボットのケーブルシミュレーションなどを行っていたときに初めてNVIDIAのテクノロジにふれたと当時を振り返りました。
2020年にはさらに3Dシミュレーションを進化させ、軽量化するために衝突検知などを改善し、また「バーチャル キャプチャ デバイス」という仮想撮影の実装に取り組みました。ここで実際にロボットを含む装置、ロボットに取り付けるカメラの画像含めた検証を開始しました。これによりロボットがバルブを閉めるといった動作も実際に現地でティーチングではなく、Sysmac Studio の統合3Dシミュレーションを使うことで、仮想空間でティーチングができるようになりました。ここで課題となった「照明の再現」に向けて、岩村氏らが白羽の矢を立てたのが、Omniverse の持つリアルタイムでフォトリアルなレンダリング、物理ベースのマテリアル、そして正確な照明シミュレーションの技術です。
高速高精度な計測、制御とOmniverseの組み合わせ
今回の展示では、Sysmac Studio と Omniverse の連携により、X線検査装置内部のデジタルツインを実現しました。通常、装置内部は放射線被曝のリスクがあるため、人の目視確認はもとより、カメラの設置も困難です。そこで、デジタルツインを活用することで、これまで可視化できなかった装置内部の状態を把握し、遠隔での監視や分析による保守作業の効率化を実現しました。
Omniverseはリアルタイムでの光の反射や影などの現実世界と同じ挙動を再現します。オムロンの Sysmac Studio はコントローラNXシリーズとの連携により高速高精度のデータ取得が可能です。インライン検査で用いるものなので、これが非常に重要な点です。しかもデータを取得したときに制御周期が揺るがない点も重要です。VT-Xシリーズは、1視野あたり最速 1.4秒 で検査データを取得し、60 FPS の高速リンクで Omniverseとのデータ交換を行います。最少32枚 の投影画像をもとに再構成する必要がありますが、CPUのみではこの処理を 1.4秒以内に完了させることは不可能です。 そこで GPU を活用することで、リアルタイム再構成を実現しました。言い換えれば、GPU がなければインライン検査に求められる処理スループットは達成できませんでした。
高速データ通信も重要です。プログラマブル ロジック コントローラ(PLC)はリアルタイムでX線検査装置を高速処理しているなかでデータを取得し、Sysmac Studio の上で処理をして、Omniverseに伝える必要があります。初めて連携を試したときには速度は1FPSくらいしか出ませんでしたが、データ処理の仕方の工夫や、Omniverseとの専用コネクタの開発などを経て、60PFSを実現しました。
データ取得時には制御側に影響を与えないようにする点も重要です。そこでオムロンではPLCのCPUの複数コアに対して役割を割り振り、制御とは独立してデータ通信が行えるように最適化することで、制御に影響が出ないようにしました。岩村氏は次のように述べました。「実機からデータ取得するときと、そのデータをOmniverseに伝えるときの二重の工夫があるのです。両方をトータルで最適化することで実現しました」

オムロンの技術であるリアルタイムのデータ収集と高速制御をベースとしつつ、そこにOmniverseを組み合わせることで、リアルタイムに可視化することができるようになったのです。これによって、設計段階では試作回数の削減や設計変更によるリスクを低減することが可能になります。現場作業効率化の観点では、物理的に実機を組む前に仮想環境でテストを行うことができたり、リモートに内部を見ることでプログラミング調整の手間が減らせるようになります。さらに実際に運用開始後は、リモートメンテナンスが可能になります。
生成AIとの対話で高度な検査装置を操作可能に
もう一つの試みが、生成AIによる「コパイロット」機能です。オペレーターが自然言語で設備と対話できるのです。検査装置のソフトウェアのトレーニングには、通常、一週間以上かかります。それを生成AIと対話することで、自然言語でできる様子をデモンストレーションで紹介しました。今回の展示ではここに株式会社Awwのバーチャルヒューマン「Ria」を採用しました。Riaは検査ティーチングにおける作業内容をガイドしてくれます。

具体的なデモ内容を振り返ると、検査結果はボリュームデータによる3D表示と、NG箇所が、すぐにわかる状態で表示されます。NG箇所を選択すると、何が原因なのか、その原因を見るためにより詳細な検査を行うための設定を行うことができ、そして再度検査を行います。すると、より詳細なハンダの状態を3Dで見ることができます。こういった熟練の技術者の様な検査の運用が、すべてコパイロットから指示されるので、設備の立ち上げやプログラム設定の工数の大幅な削減を目指せます。
オムロンが進めるリアルタイム化とデジタルツイン
オムロンは20万点の機器を生産しています。それらはオムロンが抱える現場製品群(「Input(入力機器)」、「Logic(制御機器)」、「Output(出力機器)」、「Robot(ロボット)」、「Safety(安全関連機器)」)の頭文字をとり、「ILOR+S」、と言われています。ILOR+S商品群を高度にすり合わせて統合することで高度な自動化が可能になります。X線検査装置は「ILOR+S」そのものだというわけです。そして、検査装置の性能向上、リアルタイム処理を可能とするため、15年前からNVIDIAのGPUを活用しており、VT-Xシリーズでも、用途に合わせて様々なGPUを搭載しています。VT-Xシリーズでは機種によって NVIDIA RTX™ A6000、A4500などを採用、3D画像のレンダリングにはRTX A2200を使用しています。さらに Sysmac StudioとOmniverseを使ったデジタルツイン技術は現在、オムロンのお客様とオムロン社内で検証段階にあり「これから使おうとしている段階」となります。
GTC 2025 では約400社が展示を行いました。オムロンの岩村氏は次のように語りました。「スタートアップも多く、展示会場はすごくエネルギーを感じました。普段は接することが少ない領域からのインプットも多く、刺激になりました。お互いに知見を共有しようという雰囲気が良かったです。」今回、展示をする上で、岩村氏らは若い人に興味を持ってほしいと考えました。デジタルヒューマンを使うことでデモの趣旨やストーリーも伝えやすく、大きな反響を得ることができた点も挙げました。