AIとGPUコンピューティングを活用した世界最先端の技術やソリューションをご紹介すると共に、国内の数多くのパートナー企業による先進事例や産学連携事例など、最新情報を一挙にお届けする「NVIDIA AI DAYS 2022」が、6月23日~24日の間でオンライン開催されました。2日間合計で85セッションにもおよび、多くの参加者がAIビジネスにおける今後の展開について考えるイベントとなりました。また組み込みや自律動作マシンに関わるセッションを集めた「EDGE DAY」も同時開催し、NVIDIA Jetsonが支えるエッジコンピューティングについて講演が行われました。今回はこのEDGE DAYからヤマト運輸、理化学研究所、日立国際電気のセッションについてご紹介します。
エッジコンピューティングで加速する宅急便のDX
ヤマト運輸株式会社の執行役員(DX推進担当)の中林紀彦氏は、「エッジコンピューティングで加速する宅急便のDX」と題する講演を行いました。
1919年創業のヤマトグループは、1976年に「宅急便」を開始。ここ数年はコロナ禍も相まってECやフリマサイトの荷物が増え、2022年3月度の実績では約22億7千万個の荷物を取り扱いました。しかし、急速に変化する社会やお客さまのニーズに対応するためには、スピード感のあるデジタル技術を十分に活用できていないなど課題を感じていました。このため2021年に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」という経営のグランドデザインを策定し、3つの事業構造改革と3つの基盤構造改革を実行しています。
事業構造改革の一つとして実施しているのが「宅急便のデジタルトランスフォーメーション」です。その第一歩として個人向け会員サービス「クロネコメンバーズ」の刷新や、LINE公式アカウントのユーザービリティ向上を図りました。経験と勘に基づいた経営からデータに基づいた経営へと転換し、デジタルデータの整備やデジタル基盤の強化を進めています。
こうした中でエッジコンピューティングはどのような役割を果たしているのでしょうか。ヤマト運輸では、下図のようなフィジカル アーキテクチャに基づいて、先ほど挙げたような膨大な荷物を取り扱っています。全国に宅急便の営業所は3500か所、ベース店という仕分け拠点は75か所あり、こうしたフィジカルなものをサイバー空間にどうつなげていくかが重要です。このため1つのエッジデータセンターが扱う中継地点のデータ処理をいかに効率的に行うかを検証しています。
ここで使われているのがNVIDIA Jetson Nanoです。Jetson Nanoを魚眼カメラなどのIPカメラネットワークに接続し、動画を処理しながら荷物のカウントをするという試みを行っています。具体的には、ラインを流れている荷物を複数台のカメラで追い、OpenCVやNVIDIA TensorRTを使って処理をし、荷物の大きさや形状などをデータ化する検証を行っています。今後、業務システムのデータと組み合わせながら現場の可視化やアラートに活用することを検討しています。
このほかAGV(無人搬送車)などについては、NVIDIA Jetson AGX Xavierを活用して、実際にシミュレーション通りに走行するかの検証やNVIDIA Jetson AGX Orinを使い、複数のカメラからの動画を同時に処理するなど、自律走行するだけでなく、より高度なエッジデバイスの検証を行っています。
こうした取り組みを続けつつ、フィジカルとデジタルが融合したデジタルツイン上で得られたものを、経営の意思決定や機械学習などにつなげていきたいと中林氏は語りました。
遠隔触診システム実現に必要なAIとは
また国立研究開発法人 理化学研究所 脳神経科学研究センターのユニットリーダー、下田真吾氏は「遠隔触診システムに必要なAIとは」と題した講演を行いました。下田氏は触診という診療手段の遠隔化における試みを通して、触診におけるエッジAIの重要性を明らかにしていきます。
触診では患部に触れることで病気を診断する行為です。しかしプロジェクトの中で議論をしていくと、単に患部を触って知るだけではなく、触診を通して医師が持つ過去の経験や記憶を呼び覚まし、他の結果や患者の反応を統合して患者の状態を明確に判断する行為であることが分かりました。
人が持つ「五感」とは、触覚や味覚、視覚、聴覚、嗅覚です。この5つは、実際に物に触れることで得られるコンタクトレセプターである「触覚と味覚」と、遠隔で情報を得るテレレセプターである「視覚と聴覚、嗅覚」に分けることができます。触覚と味覚は今起きている現象を捉えるもの、視覚や聴覚、嗅覚は将来起きる事柄を予測するものです。触覚を通じて病気を診断する触診は、論理的に判断するということより、事象を直感的に理解して納得することに向いている感覚を利用しているのです。
では触診はエッジコンピューティングとどう関係していくのでしょうか。ここでは医者が行う触診における触覚入力の関係性と、医者と患者とが接触するという2つの行動に、エッジコンピューティングが重要な役割を担えることが分かってきています。
先ほども触れたように触診は、患者に触ることで医師の直感的認知を促します。このため0.1秒でも感覚がずれると大きな違和感が出て、正しい判断はできません。自分の行動と結びついて直感的認知が促されるからです。
患者が触診を受けた場合も同様です。触られたときにその感覚を知覚し、その状態を医師に伝えることで、患者自身も病状の直感的な理解ができます。このように、触診ではその行為を通じて医師と患者が直感的に理解し合えることが重要なのです。このため遠隔での触診をする際には、正しく触った感覚を送ることが重要なのではなく、直感的に理解し合えるようなシステムを構築することが大事になります。
そこで、現在進めている遠隔触診システムでは、「時間遅れ補正AI」、「情報統合&提示AI」、「環境適応AI」を用いて、「リアル」ではなく「リアリティー」を重視したシステムを構築しています。リアルな情報を送り合うのではなく、そこにあたかも医師がいて、患者を本当に触っているかのように感じる、患者は本当に触られているように感じ、直観的に判断するのに十分な情報を送り合えることが重要なのです。
これを実現するために、エッジコンピューティングはどのように構成されるべきなのでしょうか。下田氏のチームは医師がダミー人形を触ったときに違和感のない触診を再現するため、NVIDIA Jetsonを使って触診を再現しています。また患者に触る行為についても、Jetsonが患者の環境に合わせた情報を作り上げると共に、医師の触れ方や触圧を患者の体格などに合わせて再現させています。
そこで使われているのは、生物規範型のエッジAIである「Tacit learning」です。これは環境との相互作用により、反射ループのゲインを調整することで、環境に適応する学習アルゴリズムのことです。触診におけるTacit learningについては、NVIDIA Jetsonを用いて演算処理を行い、数値化し、リアリティ-の再現を試みています。
このように生物や人は、環境を直感的に把握するためにエッジコンピューティングを利用しています。また詳細な環境について意識的に適合させるのではなく、知らず知らずのうちに勝手に合わせることも重要となります。さらにこれらを統合して状況への気づきをもたらせることが大事になってくると下田氏は語りました。
AIエッジコントローラと画像解析ソリューション
株式会社日立国際電気のプロダクト部 担当部長、上野克将氏は、「日立国際電気が提供するAIエッジコントローラと画像解析ソリューション」と題した講演を行いました。
無線技術や映像技術を核として事業を展開しているのが日立国際電気です。現在、鉄道を始めとする交通分野、防災を始めとした自治体分野、その他プラントや産業/流通、空港/港湾などの社会インフラに、同社の無線システムや映像システムが使われています。こうした中で通信では5G化、映像ではAI技術を適用するなど、システムが大きく変化しつつあります。このため監視システムなどのソリューションにおける要求が高度化しており、カメラなどの映像機器でセンシングした情報に、AIや5Gの技術を用いて現場の状況を把握し、問題の早期解決を図る方向へと変わって来ているといいます。
同社が展開するAIエッジコントローラー(AEC)では、クラウドに上げて処理していては、判断のタイミングが遅れて事故につながってしまう事象を、画像処理とAIにより現場で即時判断して事故を防ぐという対応しています。同社はこれを「VG-IP4000シリーズ」として製品化しました。VG-IP4000シリーズにはNVIDIA Jetson TX2 NXが搭載されており、AIによる画像認識で、高精度の人物検知を可能としました。空港やプラントなどの外周観察、工場内の危険区域への侵入検知、人数カウントといったケースでの活躍が期待されています。
AIエッジコントローラーでは、ネットワークカメラの近くでAI画像認識を行うため、人物をリアルタイムで検知することができます。また、独自の画質調整機能により、夜間やかすみがかったシーンなどの視認性が低い暗部においても高精度に人物を検知できます。こうした画像認識は、OpenCVやTensorRTといったアプリケーションをチューンすることにより、高速化を実現できるようになりました。
AECを活用したAI画像ソリューションでは、標準搭載されている人物検知AIをはじめ、さまざまな物体を検知できます。このため道路事業や鉄道事業、製造業への活用が想定されています。
道路事業では総務省の「令和3年度 課題解決型ローカル5G 等の実現に向けた開発実証」で実施される案件として、トンネル内の作業効率化と安全確保を実現する実証実験が行われています。人物検知と車両検知のAIを活用し、予期せぬ人物の飛び出しや車両の接近を即時に検知して警告することで、整備事業の安心、安全を保っています。
鉄道事業ですが、今では車内カメラや車側カメラの実施が進んでおり、車側カメラでは従来は目視での判断だったものにAIによる乗降確認を加えて、ヒューマンエラーを防いでいます。またホームカメラや沿線監視により安全運行を確保しています。
製造業においては重要施設における侵入者検知や、従業員の異常検知などにより、工場の安全を確保しています。またロボットやAGVといった移動物体も、無線伝送とAI検知で工場のDXを推進することができます。
社会インフラのDXには欠かせない画像認識ですが、これらのソリューションを用いて、産業のDX化を図りたいと上野氏は語りました。
「EDGE DAY」では今回ご紹介した事例を含め、合わせて14のトラックが開催されました。DXの推進において、今後も大きく広がるエッジコンピューティングでは、AIプラットフォームであるNVIDIA Jetsonの活用により、幅広いアプリケーションの展開が加速することでしょう。