生成 AI は金融サービス業界に急速な変革をもたらしており、不正検知やリスク管理、投資リサーチ、顧客エンゲージメントなど、さまざまな分野でイノベーションを加速させています。NVIDIA は4月17日、マクニカ主催のイベント「NVIDIA 金融 AI Meet-up with Macnica」に参加し、NVIDIA グローバル バンキング戦略統括の Aser Blanco(エーサー ブランコ)が、AI が金融ビジネスをいかに変革しているのか、グローバルな最新動向を交えながら紹介しました。あわせて、日本を代表する主要な金融機関やパートナー企業が登壇し、データ主権と精度の両立といった国内のニーズに応えるための最新の取り組みを共有しました。
AI の活用は進化ではなく革命
冒頭でブランコは、「AI 活用は単なる進化ではなく、本当の意味での革命です」と述べたうえで、まず、NVIDIA の本質を説明しました。「NVIDIA は単なるチップ メーカーではありません。確かに我々は優れたチップを設計しています。しかし、NVIDIA の本質は、AI革命を支えるプラットフォームなのです」。チップ、インフラ、モデル、アプリケーションに至るまでを、統合された一つのスタックとして設計、提供していることこそが、あらゆる AI 企業が NVIDIA を必要とする理由です。
もう一つ重要な点はオープンソースへの強いコミットメントです。NVIDIA はモデルだけでなく、学習データ、学習済みの重みまで含めて公開しており、利用者は新しいビジネスを作ることができます。「AI イノベーションはオープンソースモデルの上で起きます。金融業界においても、自らコントロールできるインテリジェンスの構築が不可欠です」
AI ファクトリーは銀行にとって歴史的な転換点
では、なぜ金融業界にとって AI が重要なのでしょうか。金融サービスは年間約 1.2 兆ドルの利益を生み出す世界最大の利益産業です。AI を活用したプロセス改善だけで、2,000 〜3,400 億ドルの追加利益が生まれると試算されています。これは年間利益が最大約 20% 増加することに相当しますが、この数字は、実際の可能性を過小評価しているかもしれません。例えば、詐欺被害だけでも年間 5,000 億ドル超の損失が発生しており、その額は毎年10% 以上のペースで増加しています。AI による詐欺検出の改善は、数千億ドル規模の価値を生み出す可能性があります。
NVIDIA の調査レポートでは、金融業界がAIを大規模に導入しつつあることを裏付けています。99% が AI 投資を継続または拡大すると回答し、89% が既にAIによる収益増、コスト削減を実感しています。また 84% がオープンソースの重要性を認識しています。
銀行業では、1961 年にバークレイズがメインフレームを導入した後、本質は長らく同じでした。しかし構造は大きく変わり始めています。「未来の銀行はデータセットではなくインテリジェンスで動きます。2025 年には複数の大手銀行が AI ファクトリーを導入しました。これは 60 年代のメインフレーム導入に相当する転換点です」
多数の専門特化型モデルによって構成される未来の銀行
では、AI 中心の銀行は、どのように設計すべきでしょうか。それは、独自の自社データとオープンソース モデルを組み合わせることで実現できます。例えば大阪における商業用不動産融資の判断基準、日本および米国地域におけるリスクに対する考え方、気象リスクの評価などは、他の誰も持ち得ない固有の資産です。このデータとオープンソース モデルを組み合わせることで、各銀行独自のインテリジェンスが生まれます。「銀行の中核となるインテリジェンスは、自分たちで構築すべきです」とブランコは強調しました。
重要なのは、モデルの事前トレーニング、ファインチューニングと蒸留です。これには、モデルの学習、必要なタスクに合わせた調整、そして求められるサイズへの縮小が含まれます。これにより、安い、速い、正確という 3 つの実利も得られます。未来の銀行では、与信審査に特化したモデル、商品や価格知識に特化したモデル、顧客行動をよりよく理解するトランザクション モデルなど、各タスクに最適化された複数の専用モデルを持つことになるでしょう。
業務効率が劇的に向上
モデルの活用先として、まず既存プロセスの改善が挙げられます。たとえばトランザクション モデルを構築すれば顧客の行動を高精度に予測できます。これは不正検知や次の商品提案など多くの用途に活用可能です。
モデルの活用は、従業員の生産性向上にも貢献します。分析や調査などにかけている時間を短縮できれば、顧客と向き合う時間を増やすことができます。グローバル投資銀行である RBC Capital Markets ではアナリストが 40 時間かけていた分析時間を 15 分に短縮し、カバー銘柄数が1,500 銘柄から 2,500 銘柄へと増加しました。
ブランコは、以前は一晩に何時間もかかっていたリスク分析や価格算定に関する高負荷な計算について、GPUを活用することで1時間未満に短縮された事例も紹介しました。これにより新たな時間が生まれ、新しい分析や発見、そして機会の創出につながりました。つまり、インテリジェンス モデルを強化するためのより多くのインプットが得られるようになったのです。
「銀行とは何か」を再定義する
最後にブランコは、こう締め括りました。「AI は進化ではなく革命です。金融業はデータ産業であり、AI はデータをインテリジェンスに変換します。AI ファクトリーは、この機会をスケールさせるための基盤です。これはもはや技術の課題ではありません。技術はすでに存在し、機能しているのです。課題はビジネス側にあり、ビジネスの観点から、どのように AI に投資し、活用すべきかを考える必要があります。どの銀行も、『銀行とは何か』を再定義する必要があります。今後 10 年はイノベーションの連続になるでしょう」
日本を代表する 8 つの機関が、最新の取り組みを公開
続いて、NVIDIA のプラットフォームを活用する日本の企業や機関が、データ主権と精度を両立した、金融業務のためのAI変革にいかに取り組んでいるかを明かしました。
京都大学経営管理大学院 特定准教授の南正太郎氏は、「金融を変える情報品質保証 LLM ― 4 つの稼働システムと、その根底にある理論 ―」と題して、情報品質を数学的に保証するLLMと、AI 時代に求められる新しい OS の必要性について講演しました。研究室では、一次情報とN 次情報を区別して扱う理論基盤のもと、NVIDIA Nemotron、NVIDIA NeMo Curator、NVIDIA NeMo Guardrails、NVIDIA DGX Spark などを活用しながら研究開発を推進しています。金融機関の意思決定チェーンに沿った各種システムを検証環境として展開し、次世代の高信頼AI基盤の構築を進めています。
KDDI のエキスパート、樋口 裕貴氏は「MUFG-KDDIの協業2.0の裏側」と題した講演を行いました。グローバルモデルでは対応が難しい、「機密性」「専門性」「モデルの固定性」が求められるユースケースにおいて、オンプレ相当環境での金融特化型AIの取り組みを行っております。KDDI 大阪堺 DC にて NVIDIA GB200 NVL72 を始めとした基盤等の活用について議論を進めており、将来的には本協業で得た知見をもとに金融機関向けエコシステムの提供を展望します。
大和総研 基盤技術第一部 シニアITインフラ・アーキテクトの及川 涼太 氏は、「オンプレGPU × NVIDIA NIM による実環境検証」と題した講演で、オンプレミス GPU 環境において NVIDIA NIMを活用し、音声文字起こしおよび文章要約をローカル LLM で実現する検証プロジェクトを紹介しました。NVIDIA GPU と NIM を用いて大規模並列処理時の性能・安定性を評価した結果、他プラットフォームと比較して高性能・高効率を引き出せることを確認しました。今後は本番適用および AI ガードレール機能の実装を進める予定です。
野村総合研究所(NRI)のチーフエキスパート、岡田 智靖氏は「業界・タスク特化型 LLM の効率的かつ高精度な構築手法:金融規制対応を題材に」と題した講演を行いました。同社は GENIAC プロジェクトにおいて、NVIDIA GPU を活用し、中規模オープン LLM をベースとした金融業界・タスク特化型モデルを開発しました。学習データの収集・合成にはNVIDIA NeMo Curator を活用しています。証券・保険領域における営業会話コンプライアンスチェックや保険募集文書校正など 3 つの実務タスクにおいて、いずれも GPT-5.2 を上回る精度を達成しました。今後は NRI の AI サービスとしてお客様業務への導入・展開を進めていく予定です。
ファーストアカウンティングの共同創業者、執行役員、FA Research チーフサイエンティストである藤武将人氏は、「Nemotron 及び NeMo Data Designer を用いた企業文書特化型言語モデル開発」と題した講演で、企業文書に強い SLM の構築に向け、契約書理解を実現する取り組みを紹介しました。NVIDIA Nemotron、NeMo Data Designer に加え、NVIDIA DGX B200 を活用し、合成データを起点に要約・属性抽出・レビュー生成を高度化。検証では情報抽出精度が 89% から 100% に向上。今後は業務AIエージェントと連携した実運用への展開を目指します。
みずほフィナンシャルグループ デジタル戦略部 テクノロジー第二チーム ヴァイスプレジデントの皆川 拓 氏は、「金融特化 LLM の構築と銀行実務テスト評価 〜 業務特化モデル実現に向けて〜」と題した講演を行いました。同社は、NVIDIA GPU を活用し、金融実務全体を支える AI 基盤「みずほ LLM」の段階的な構築を進めています。第一段階となる金融特化 LLM では、推論に依存しない条件下で汎用 LLM と同等水準の精度を達成しました。現在は第二段階として、個人営業の評価支援に向けた特定領域特化 LLM の検証を開始しており、NVIDIA NeMo Curator によるデータ前処理と Nemotron-Personas-Japan を活用した多様な顧客ペルソナの合成データ生成による学習データ拡充の可能性を探っています。今後、ベテラン審査員の評価観点をモデルに反映し、営業品質の高度化につなげることをめざします。
楽天グループ Vice General Manager, AI & Data Consulting Department Manager, Fintech Product Group, Rakuten Institute of Technology の柴田 祥 氏は、「ファインチューニングによる金融領域に特化したVertical LLMの実現」と題した講演を行いました。同社はかねてより多様な領域でのAIの実装と活用を進めてきました。近年は、オープンかつ高性能な LLM の開発と公開だけでなく、特定の分野に特化した Vertical LLM のファインチューニングにも取り組んでいます。今回は、金融機関に不可欠な機密性と安全性を確保しつつ、金融関連タスクを実現できるような Vertical LLM を開発する際の、設計思想や学習手順、性能比較のための実験結果、データセットの前処理における NVIDIA Nemo Curator の活用等について紹介しました。
リコー 経営企画本部 AIサービス事業部 AI 事業開発センター エキスパートの岡本 敏弘 氏は「オンプレミスで進める業務主導型生成 AI 活用」と題した講演を行い、生成 AI 開発ツール Dify による Nemotron-Nano-9B-v2-Japanese の利用、kintoneおよび社内ストレージとの業務システム連携、財務情報などの画像読解を起点とした事業性評価や融資稟議書の下書き作成を示しました。これらの活用例はサンプルアプリとして提供予定です。さらに、リコーより提供中のオンプレ LLM のラインナップ強化として、NVIDIA DGX Spark の OEM モデルを基盤に、検証を始めやすい環境を設定しての提供開始を紹介しました。
金融 AI を加速させるテクノロジの展示
また、会場では金融業務における AI アプリケーション開発を加速させるソリューションのデモも展示されました。
マクニカは、「金融機関向けオンプレミス LLM:ペルソナ型市場調査シミュレーションとデータ主権の両立」をテーマに展示を行いました。同社は、NVIDIA Nemotron-Nano-9B-v2-Japanese および Nemotron-Personas-Japan を活用し、日本の地理的、人口統計的な実分布を反映したペルソナベースのサーベイ シミュレーションを DGX Spark 上で実現しています。モデルのファインチューニングには NVIDIA Hopper GPU を活用し、japanese-lm-fin-harness ベンチマークにおいてフロンティア LLM に匹敵する性能を達成。顧客データをオンプレミス環境に保持したまま高精度な金融AIを運用できる基盤として、規制対応と実用性を両立した次世代の金融AI活用モデルの確立を目指しています。
NVIDIA のスタートアップ支援プログラム、NVIDIA Inception のメンバーである Ippu Senkin(イップセンキン)は、金融特化型のソリューションとして設計されたオンプレミス生成 AI サービス、Local AI Agent を展示しました。社内データベースとの連携による文書作成からコーディングまで多様な業務をローカル環境で自律処理し、エンジニア向け CLI と非エンジニア向け GUI の両インターフェースにて利用可能です。NVIDIA Blackwell アーキテクチャの GPU を採用し、Nemotron を含むマルチモデルに対応することで、高速、高精度な稼働を実現しています。完全オンプレミスで動作するため、低コストとセキュリティを両立し、その優位性を軸に金融業界の分野以外の業界、および国内外の企業への展開を目指しています。
Dataiku(データイク)は、データ準備から機械学習モデルやAIエージェントの構築までを GUI で一貫して行えるデータ分析プラットフォームを展示しました。NVIDIA とのコラボレーションにより、GPU インフラに加えて NVIDIA NIM や NeMotron を統合し、専門的なプログラミング スキルがなくてもセキュアで低遅延な LLM 環境を容易に構築できるソリューションを提供しています。実ビジネスへの迅速な実装を加速させており、Dataiku が提供する金融サービス向け AI アーキテクチャ 、FSI Blueprint や AI Factory Accelerator はすでに世界の金融機関で導入が進んでいます。
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