内視鏡を使った画像診断支援 AI を開発する株式会社AIメディカルサービスは、医師の診断補助を行う内視鏡画像診断支援ソフトウェア「gastroAI model-G」を 2024 年 3 月 4 日から販売を開始したと発表しました。「gastroAI model-G」は、内視鏡での検査中に AI を活用することで、肉眼的特徴から生検(疑わしい病変を発見したときに組織の一部を採取し顕微鏡等で組織の状態を調べること)等の追加検査を検討すべき病変候補を検出することで医師の診断補助ができるソフトウェアです。「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」に基づいて、2023 年 12 月 26 日付で厚生労働大臣から医療機器製造販売承認を取得しました。年単位の利用契約で常に最新のソフトウェアを提供します。
内視鏡 AI でがん見逃しゼロへ
AIメディカルサービス(AIM)は 2017 年 9 月に創業したスタートアップです。「世界の患者を救う~内視鏡 AI でがん見逃しゼロへ~」をミッションに掲げています。2018 年には NVIDIA の AI スタートアップ支援プログラム「Inception プログラム」のパートナー企業に認定されました。「GTC Japan 2018」において開催されたコンテスト「Inception アワード」では、既に医師が活用して有効性を確認していたことや社会問題の解決に繋がる将来性、そして GPU とディープラーニングを適切に活用していることが高く評価され、最優秀賞を受賞しました。
内視鏡画像診断支援ソフトウェア「gastroAI model-G」は、AIM による国内第一弾 AI 製品となります。100 以上の共同研究機関のサポートの下、世界トップクラスの医療機関から提供された教師データをもとに、ディープラーニング テクノロジを活用して開発されたプログラム医療機器です。内視鏡システムの内視鏡ビデオ画像プロセッサから汎用コンピュータに入力された病変候補画像を基に、肉眼的特徴から生検等追加検査を検討すべき病変候補である可能性を推定します。ソフトウェアが生検等の追加検査を検討すべき病変候補の可能性があると推定した場合、内視鏡表示エリア内に矩形(くけい)を表示することで、医師に注意喚起を行い、診断の補助を行うことができます。
性能評価試験において感度では専門医を上回る性能であることが示されています。胃内視鏡検査で得られた上皮性腫瘍が疑われる胃内視鏡画像 315 病変(腫瘍性病変 150 非腫瘍性病変 165)を用いた後ろ向き性能評価試験を実施した結果、腫瘍性/非腫瘍性の検出における「gastroAI model-G」の感度は 84.7 %、専門医は 65.8 %でした。特異度は本製品で 58.2 %、専門医で 68.8 %でした。また上皮性腫瘍が疑われる正常粘膜を含む非腫瘍性と判断された 800 病変を用いた単体性能試験では、「gastroAI model-G」の検出における特異度は 90.1 %でした。
内視鏡診断におけるヒューマンエラー
日本では毎年約 4 万人以上が胃がんで命を失っています。胃がんはステージ I 期における 5 年生存率は 98.7% ですがステージ Ⅲ 期では 46.9% であり、早期発見によりほぼ完治させることが可能です。一方でステージが進むと最善の治療を行っても生存率は 50% 近く低下してしまいます。¹ところが早期胃がんは熟練医でも発見が難しく、胃内視鏡検査における胃がんの見逃しは 4.6%〜 25.8% とされています。²AIM が「胃がん検出支援 AI は患者の命を救うことに直結するプロダクトである」とする理由がここにあります。
内視鏡医師単独で検査を行うのではなく、医師と内視鏡 AI が協働で検査を行うことで、胃がん見逃しの低減が期待されます。AIM 製品開発部門ソフトウェア開発チーム遠藤有真氏は、人だけが行う判別の難しさについて「医師のスキルや経験に大きく依存している面がある」と指摘します。
遠藤氏によれば、内視鏡診断における医師のヒューマンエラーは、大きく以下の 3 つに分類されます。1 つ目は、網羅的に撮影できていないことで、2 つ目は撮影はできていても認識できていないことです。そして 3 つ目は認識できているが正しい判断が出せないということです。
スキルがあっても、人間である限り、必ず疲労します。たとえば「午後になるとポリープの検出率が落ちる」といった報告例もあります。医師が他のことに気を取られていると見落としが増えてしまうこともあります。また、内視鏡診断特有の事情もあります。内視鏡診断は放射線診断と違ってリアルタイム診断です。検査の瞬間瞬間で高い操作技術を駆使し、高度な判断を下していきます。医師にとっては常に集中力が要求され、心理的負担も大きなものとなります。
「高度な判断を医師一人だけで担わなければならないところに内視鏡検査の課題があります。そのために内視鏡画像診断支援ソフトウェアを開発しました」と遠藤氏は言います。内視鏡診断 AI が普及すれば、医師の診断能力だけに頼らず、今よりも均一で高水準の診療を提供できるようになる可能性があります。「gastroAI model-G」は 3 月に発売して間もないですが、既に販売実績も重ねており、数百の医療機関と話をしています。
NVIDIA GPU が画像診断を高速化
「gastroAI model-G」には、NVIDIA GPUと CUDA が活用され、画像診断を高速化しています。遠藤氏は次のように述べています。「主に深層学習を使った画像処理に CUDA を使っています。今後はさらなる低遅延が求められているので、他の CUDA アクセラレーテッド コンピューティングも活用していく予定です」
デバイス側での推論だけではなく、トレーニング環境でも NVIDIA GPU は活用されています。「データセンターに配置した複数の NVIDIA DGX システムを使用して学習させた AI を製品に搭載しています。また、内視鏡診断は入力された映像に対して素早く AI のレスポンスを返さないといけませんので、特に負荷の高い AI 処理を適用しようと思ったら GPU の選択は必須です」と遠藤氏は述べています。
また、リアルタイムでのグラフィックス処理が必要となる内視鏡診断では NVIDIA の GPU は不可欠だと言います。低遅延であることはヒューマン インターフェースの側面においても重要です。「gastroAI model-G」は「AI 診断支援」ソフトウェアです。「診断支援」であり、最終的な判断は必ず医師が行うため、判断を妨げることがあってはなりません。
「少し遅いと医師の判断に違和感が入ってしまいます。0.1 秒くらい遅れがあると人間は違和感を感じるようです。スピードをかなり重視しないといけないソフトウェアなので、GPU を使っています。今は撮影時に少しディレイをかけて診断させる仕組みになっていますが、それでも長めにマージンを取ると『待てない』と言われます。今後は、より医師の判断に近いかたちでリアルタイム処理に近づけていく必要がありますので、処理速度の重要性はさらに高まります」と遠藤氏は述べました。
内視鏡画像は 1 秒間に 60 枚撮影されますので、リアルタイムで解析するには、1 枚あたり 0.02 秒程度の解析スピードが求められ、さらに、偽陽性が多いとなかなか使ってもらえないという理由から、精度の向上も必要になります。
また近年は医用画像撮影装置の処理性能自体も大幅に向上しています。「今後、4K、60 FPS の映像を処理するためには、多くの処理を GPU 上で行う必要がでてきます。また、一つの AI モデルだけで診断支援するのではなく、複数のモデルを使った結果から総合的に判断するような処理が必要になったときにも GPU は必須の選択肢となります。より大きなモデルを使うために、GPU は今後ますます重要になります」と遠藤氏は説明しました。
その他の NVIDIA テクノロジの活用については、「NVIDIA Clara Holoscanはまさに今検証中で、うまく取り込めるなら積極的に活用していきたいです。また、高精度エッジ AI 向けの NVIDIA IGX プラットフォームにも高い関心を持っています。今後、検討を視野に入れていきたいと思います」とのことでした。
シンガポールからアジア、そして世界へ
AIM としては今後は大きく 3 つのビジョンのもとで開発を行っていく予定です。1 つ目は、対象となる器官を胃だけではなく食道や大腸などへと広げていくことです。2 つ目は既存の製品の機能を向上、拡張させていくことです。そして 3 つ目は海外展開です。
AIM は 2024 年 2 月にはシンガポール Health Sciences Authority(健康科学庁)に対して、同国初の胃がん鑑別 AI として「gastroAI model-G -SG」の審査および機器登録を完了しました。
AIM では以前からシンガポール国立大学病院と共同研究契約を結んでいます。シンガポールはASEAN 地域ではハブとなっている地域です。周辺各国の一部では、シンガポールにおける薬事承認を起点として、ASEAN 諸国内での医療機器を登録申請する際の効率化や申請手続きの簡素化が可能になる「ASEAN 医療機器指令」制度があり、シンガポールに申請すれば、他の国への進出が容易になります。その制度を活用しながら、ASEAN 諸国内での承認取得および事業展開を進め、東南アジアに広く AIM のテクノロジを周知することを目指しています。
シンガポールだけではありません。AIM では香港中文大学、フランスの Lyon 大学、スタンフォード大学医学部、ニューヨークの Memorial Sloan Kettering Cancer Center、ベトナムの The Institute of Gastroenterology and Hepatology など世界各国トップクラスの医療機関とも共同研究契約を結んでいます。今後、海外展開に向けた開発をさらに加速していく予定です。このほかブラジルでも医療機器としての薬事登録が完了し、今後展開していく予定です。
他のスタートアップと協業し、上部と下部の消化管をトータルで診断支援を提供
3 月 4 日に「gastroAI model-G」の国内発売を開始した AIM ですが、同日付で、診断支援 AI 「EIRL(エイル)」を展開している医療スタートアップである LPIXEL(エルピクセル)との協業も発表しています。
両社が取り組む共通課題は消化管のがんです。国内におけるがんの死亡者数は、肺がんに次いで、大腸がんが 2 位、胃がんが 3 位となっており、年間 9 万人以上が亡くなっています。そのような社会背景を受けて、内視鏡画像診断支援 AI テクノロジによって、消化管がん全体の見逃し低減や早期発見による死亡率の低減を実現し、内視鏡診療の質の向上に寄与したいという両社の強い思いから、業務提携が結実しました。
一般的に、上部消化管と下部消化管の両方の検査を実施する医療機関は、同じ内視鏡検査室で両検査を実施します。この業務提携によって、AIメディカルサービスは、内視鏡画像診断支援ソフトウェア「gastroAI model-G」に加えて、医用画像解析ソフトウェア「EIRL Colon Polyp」も提供を開始します。つまり、上部と下部の消化管に対応した内視鏡画像診断支援 AI をトータルサポートで提供することが可能となり、医療機関にとっては導入における利便性が大幅に向上するとしています。臨床現場で収集されたデータは今後の製品展開にも活かされる予定です。
なお、LPIXEL も NVIDIA の「Inception プログラム」のパートナーの一社であり、NVIDIA の GPU を活用しています。
このように、「世界の患者を救う~内視鏡 AI でがん見逃しゼロへ~」のミッションを掲げ、AI 診断支援テクノロジを今後大きく広げていく AIM では、業界を盛り上げていく人材を積極的に募集しています。内視鏡 AI に強い関心のある方、C++ プログラマーや、CUDA エンジニアとして AI 画像診断ソフトウェア スタートアップでのキャリアを切り拓きたい方はこちらをご参照ください。
1 出典 全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2011-2013年診断症例)https://www.zengankyo.ncc.go.jp/etc/seizonritsu/seizonritsu2013.html
2 出典 Hosokawa O,et al. Difference in accuracy between gastroscopy and colonoscopy for detection of cancer. Hepatogastroenterology. 2007;54(74):442-444.