宇宙への旅――宇宙飛行士の訓練に「バーチャル」を導入へ

投稿者: Zvi Greenstein

アメリカ航空宇宙局(NASA)が火星に向けた15年の旅へ乗り出そうとしています。そのなかで、バーチャル・リアリティが重要な役割を果たすことが期待されています。

NASAは、NVIDIA GPUテクノロジと、Unreal Engine 4、コンシューマー・グレードのVR、物理的なモックアップ(実物大模型)やモデル、ウェアラブル・テクノロジ、ルーム・スケールでのトラッキングを組み合わせて利用し、「ハイブリッド・リアリティ・システム」(Hybrid Reality System)と呼ばれるシステムを開発しています。このシステムでは、従来の「アナログ」でのフィールド・テストよりも低コストで、きわめて高い没入感と臨場感を備えた訓練機能を提供することを目指しています。

NASAのジョンソン宇宙センター「Hybrid Reality and Advanced Operational Concepts Lab」(ハイブリッド・リアリティおよび先進運用概念研究所)のフランク・デルガド(Frank Delgado)氏とマシュー・ノイエス(Matthew Noyes)氏の目標は、「地球の外側に導く」体験を実現する、低コストの拡張可能なプラットフォームを開発することです。

バーチャル版・国際宇宙ステーションの「トランクウィリティー」(Tranquility)モジュール内部の様子の画像
「ハイブリッド・リアリティ」:NASAは、バーチャルを物理的要素と組み合わせ、宇宙飛行士の訓練に利用しています。この画像は、バーチャル版・国際宇宙ステーションの「トランクウィリティー」(Tranquility)モジュール内部の様子です。

ノイエス氏は、次のように解説します。「ハイブリッド・リアリティとは、物理的現実とバーチャル・リアリティの最高の要素を融合させ、両世界の長所を最大限に活かすことです。HTC Viveでは、GeForceを採用したルーム・スケールのVRによって、視覚的に、宇宙のあらゆる場所へと瞬時に移動でき、まるでその場にいるかのように感じます。私たちは、ヘッドセットというよりもホロデッキを着けているような感覚を提供するため、体験を改善して他の感覚もうまく利用していきたいと考えています」

NASAがバーチャル・リアリティを開発した経緯

1980年代半ば、NASAのエイムズ研究センターは、初期の機能的なVRシステムのいくつかを開発しました。

「その後、民間産業によって簡略化され、改良され、独自のイノベーションが追加されました。だからこそ今、NASAは、その堅牢なテクノロジをシステムに再統合できるというわけです」と、ノイエス氏は民間産業によるVRの開発と商業宇宙飛行の発展を照らし合わせて説明します。

エイムズ研究センターで1980年代に開発されたヘッドセットとデータグローブの写真
エイムズ研究センターで1980年代に開発された
ヘッドセットとデータグローブの例

次のステップは無重力の感覚を生み出すことだ、とノイエス氏は言います。ジョンソン宇宙センターの「アルゴス」システム(ARGOS:Active Response Gravity Offload System)は、優れた研究対象の1つです。

ノイエス氏は次のように説明します。「アルゴスは、人の体重のすべてまたは一部を減少させるスマートなロボット・クレーンです。最終的に、火星や月、あるいは国際宇宙ステーションで感じられる低重力の環境をシミュレートして体験できるようになるでしょう」

女性がヘッドセットを装着している写真
…興味深いことに、現在のコンシューマー向けヘッドセットは、
初期のヘッドセットのデザインと非常によく似ています。

「このようなシステムによって、宇宙飛行士は船外活動や、地球とは異なる不安定な起伏のある地面を進む訓練を行うことができます。そればかりか、小惑星や他の惑星で鉱物試料を採取するため、ドリルで岩に穴をあける訓練さえできるでしょう」と、ノイエス氏は話します。

ゲームのように

そのために、NASAはフォトリアリスティックなグラフィックス、正確な物理学、そして「マルチプレイヤー」機能によって、訓練における多様なシナリオをリアルタイムで視覚化できる必要がある、とノイエス氏は指摘します。

そこで、VRWorksをはじめとするNVIDIAのGPUテクノロジと、Unreal Engine 4などのゲーム・エンジンの組み合わせが重要な役割を果たします。VR SLIやMulti Res Shadingといった主要テクノロジは、きわめて高度なパフォーマンス、視覚的クオリティ、そして、インタラクションを生み出すことができます。

これが機能するのは、ハイブリッド・リアリティによる訓練がゲームによく似ているためです。「どちらの場合も、さまざまな制約の下で一連の目的を達成し、周囲の世界を3Dで視覚化し、環境や、場合によっては他の人とのインタラクションを同時に行う必要があります」と、ノイエス氏は説明します。

国際宇宙ステーションの内部

バーチャル版・国際宇宙ステーションの「キューポラ」(Cupola)からの窓外の光景の画像
「地球の外側へ導く」:NASAは、バーチャル版・国際宇宙ステーションの「キューポラ」(Cupola)
からの窓外の光景を作成しました。

NASAは、ハイブリッド・リアリティでどんなことが実現できるかを示すため、一連のテクノロジ・デモを作成しました。NVIDIAの高性能GPUは、NASAが文字どおり「人々を地球の外側に導く」ハイブリッド・リアリティ体験を生み出すことを可能にしています。国際宇宙ステーションの体験には、宇宙飛行士が頻繁に出入りする多数のモジュールのほか、コメディアンのスティーヴン・コルベア(Stephen Colbert)氏の名前にちなんだ制振装置付きトレッドミル「コルベア」(COLBERT:Load-Bearing External Resistance Treadmill)などのおもしろいシステム、さらには「キューポラ」(Cupola)からの窓外の光景まで含まれます。また、将来の宇宙飛行士たちは、改良型エクササイズ装置「ARED」(Advanced Resistive Exercise Device)を見ることもできます。宇宙飛行士は、この装置を使い、一組の真空ピストンで周囲のキャビン内の気圧に逆らって押すことによってエクササイズを行うことができます。

バーチャル版・国際宇宙ステーションの「デスティニー」(Destiny)モジュール内部の様子の画像
バーチャル版・国際宇宙ステーションの「デスティニー」(Destiny)モジュール内部の様子

これらの環境は単なる画像を超え、インタラクティブに操作できます。より実物に近いアニメーションを提供するこの体験の内部でユーザが見る物理的なインタラクションを可能にするのが、NVIDIA PhysXです。「これを実際に宇宙ステーションに滞在したことのある宇宙飛行士に見せると、微小重力での動的なオブジェクトの動き、特に衝突が、かなり現実的だと言います」と、ノイエス氏は話します。

物理的応用

NASAは、3Dプリンターを使ってツールや制御面のモックアップを低コストで作成することで、この体験をさらに次の段階へ進めました。そして、NVIDIAと緊密に連携することで、それらの物理モックアップを次世代のグラフィックス・エンジンと統合し、パフォーマンスの最適化を図っています。

たとえば、NASAは、視覚的要素だけでなく、月面車を走らせる物理的な感覚を再現することで、別のハイブリッド・リアリティ体験を生み出しました。月面車の操縦者は、現実と仮想の両方の世界に存在するジョイスティックを使用して運転できます。「月面の景色は、アポロ14号の着陸ゾーンからNASAが実際に得た高度マップのデータを使用して、大規模に生成されました」と、ノイエス氏は説明します。

宇宙飛行士と月面車の画像
NASAは、視覚的要素だけでなく、月面車を走らせる物理的な感覚を再現したシミュレーションを作成しました。

この月面のシーンで見られる要素には、NVIDIAのMaxwellによるアポロ11号のデモから流用された、ニール・アームストロング(Neil Armstrong)や、バズ・オルドリン(Buzz Aldrin)、月着陸船のモデルも含まれています。

長い旅の最初のステップ

このようなテクノロジは、私たちが火星に向けて長い旅を始めるうえで非常に重要です。

NASAの今後の道のりには、国際宇宙ステーション内での科学的進歩を継続させるだけでなく、地球低軌道に対応する商用貨物・乗組員システムの開発や、「オリオン」(Orion)カプセルおよびスペース・ローンチ・システム(Space Launch System)の完成も含まれます。これにより、人類はかつてないほど深く太陽系に踏み込むことができるでしょう。

NVIDIAのテクノロジによって、人類が火星の地に降り立つまで続く長い旅の今後のステップは、このような高度な臨場感と没入感を備えたハイブリッド・リアリティ環境での宇宙飛行士の訓練から始まることになります。