「我、絵を夢に見、夢を絵にする」
――フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)
古来、あらゆるジャンルの画家が豊かなディテールを持つ美しい油絵をキャンバスに描き、私たちを魅了してきました。しかし、おそらく彼らは、好きな筆を選び、色とりどりの絵の具を思う存分使って、自然な筆のうねりや躍動感を表現しながら油絵の持つ色彩豊かな風合いを生み出す作業を、デジタル・キャンバス上で完全に行える日が来ようとは夢にも思わなかったことでしょう。
それはまさに、Adobe ResearchがNVIDIAのGPUとCUDAの強力な計算能力を駆使して「Project Wetbrush」で実現したことです。
技術的に言うと、Project Wetbrushは、筆の毛の動きまで再現してリアルタイムで3Dの油絵が描ける、世界初のシミュレーション・システムです。ほとんどの人が使用したことのある描画ツールや作図ツールは2Dであり、シンプルで楽しいものですが、Project Wetbrushはそれらのツールとはまったく異なります。完全な3Dシミュレーションで、濃淡、奥行き、質感といった立体情報を持つ油絵を描くことができ、まるで本物のような仕上がりと没入感が得られます。
実際のキャンバスに描かれた油絵には、筆と絵の具の関係や、筆の毛1本1本の関係といったさまざまな相互作用が入り組んでいます。Project Wetbrushは、絵の具の粘度や、筆のさまざまな速度、色の混じり合い、そして絵の具の乾き方にいたるまで、そのすべての複雑さをリアルタイムでシミュレートします。そもそも、画家がテクノロジの存在を感じず、ひたすら芸術の世界に没頭できるほど滑らかに、そして自然に油絵を描けるデジタル描画ツールを開発することは容易ではありません。
では、具体的に何が新しいのでしょうか。もちろん、デジタル描画ツールは目新しいものではありません。しかし、それぞれの毛の動きや相互作用を動的にシミュレートして、リアルな油絵を再現できるデジタル描画ツールは、まぎれもなく画期的な開発です。2015年、Adobe Researchはまず、このシステムの核となるアルゴリズムを開発しました。これは、膨大なコンピューティング・リソースを必要とする大がかりなプロジェクトです。そこで、Adobeは、スーパーコンピューター級の並列処理能力を誇るNVIDIA GPUに白羽の矢を立てました。NVIDIAのソフトウェア専門家との連携のもと、鍵を握るGPU最適化によってシステム全体が高度にチューニングされたことで、Project Wetbrushはより大きく前進しました。
ほとんどの研究がそうであるように、この研究もまだ初期段階にすぎません。将来的に、さらなる最適化やレンダリング精度の向上のほか、ディープラーニングの活用さえ見据えています。そのなかで、NVIDIAのGPUが重要な役割を果たすでしょう。GPUアクセラレーテッド・ディープラーニングによって、計算処理上きわめて困難な物理シミュレーションを処理し、より応答性の高い、現実的な筆さばきを生み出せるようになることも期待されています。また、ゆくゆくはWetbrushが自己学習する可能性さえ考えられます。現実味のある高品質の画法と筆遣いを記録したデータベースに基づき、油絵の効果を合成できるようディープラーニング・システムをトレーニングすることも不可能ではありません。
Project Wetbrushの実際の動作をご覧いただくには、SIGGRAPHのNVIDIAブース(#509)でライブ・デモが行われました。また、このテクノロジを実現するまでの詳しい経緯については、Project Wetbrushの技術論文をお読みください。
最後に
Adobe Researchの主任担当者であるチン・チーリ氏とキム・ビョンムン(Byungmoon Kim)氏には、「Wetbrush」の開発で優れた創造力とスキルを発揮いただき、心からお礼申し上げます。また、NVIDIAのクリス・ヘバートには、GPU最適化の取り組みを導くその精力的な活動に深く感謝しています。「Wetbrush」で作成されたすべての画像は、アーティストのダニエラ・フラム・ジャクソン(Daniela Flamm Jackson)氏によるものです。