口腔がんの早期発見をAIで支援:NVIDIA参画の研究を基盤に開発された口腔粘膜画像解析システムが社会実装へ

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大阪大学大学院歯学研究科は本日、口腔粘膜疾患の特徴を有する画像を検出し、高次医療機関への受診勧奨について歯科医師の要否判断のための所見情報を提供する「口腔粘膜画像解析システム Mucosight AI」が厚生労働省の製造販売承認を取得したことを発表しました。本製品は、大阪大学 大学院歯学研究科 顎顔面口腔外科学講座 大阪大学歯学部附属病院 口腔外科1(制御系)の平岡 慎一郎氏らの研究グループが取り組んできた、AIを用いた口腔粘膜疾患の早期発見支援研究を基盤としています。 NVIDIAの日本法人は、医用画像AIのエキスパートという立場からAIモデルの開発において本研究を2018年から支援してきました。

早期発見、早期治療という課題に挑む

口の中にできるがんである口腔がんは、内視鏡が必要な消化管のがんとは異なり、「口を開ければ見える」という意味では本来発見しやすいはずの疾患です。にもかかわらず、多くの患者が進行がんの状態で専門医を初めて受診するという、医療現場における深刻な「アンメットニーズ」が長年存在してきました。日本では、口内炎は誰もが一度は経験するありふれた症状である一方、口腔がんの罹患数は年間1万人程度と、頻度に大きな隔たりがあります。口腔外科専門医には長年の経験から培われたパターン認識による診断力がありますが、一般歯科医がその水準に達するには臨床経験が必要です。しかし、一般歯科診察の現場では、口腔粘膜疾患を日常的に多数経験する機会が限られるため、口内炎と初期がんを判別するのが困難な場合が多く、発見時には進行がんである割合が高いという深刻な課題があります。早期に見つけられれば、より低侵襲な治療につなげられる可能性がある一方、進行した口腔がんでは、手術、放射線治療、薬物療法などを組み合わせた集学的治療が必要になることがあり、治療後には、咀嚼、嚥下、発音、整容面に影響が残る場合があります。

このような構造的な課題を解決するため、大阪大学の研究グループは、口腔外科専門医の知見とAIを組み合わせることで、一般歯科医療機関における高次医療機関に対して受診勧奨の判断を支援できる仕組みの研究と開発を2017 年より進めてきました。平岡氏が研究を始めた出発点は、「口を開ければ見えるはずの口腔がんが、なぜ早期に見つからないのか」という臨床の現場で感じた素朴な疑問でした。最初に作成したモデルは、正常粘膜とがん、正常粘膜と白板症をある程度は見分けられそうだという手応えはあったものの、がんと白板症の鑑別は相当に難しいということも同時に分かりました。それまで平岡氏は口腔がんに関わるさまざまな研究に取り組み、論文にもしてきましたが、どこかで「研究のための研究」で終わっているのではないかという思いがありました。

平岡氏は次のように述べています。「最初から社会に出すことを目標に据えるのであれば、研究の進め方も、仕組みや体制も、まったく違う次元できっちり作り込まなければならない。まず大きな枠組みをつくることから始めようと考えましたが、人も、ものも、資金も、すべてゼロからのスタートでした。そのため本プロジェクトの社会的意義をさまざまなAIイベントで訴求し、支援を募りました。その中でNVIDIAのヘルスケアチームにプレゼンをする機会を得たところ、興味を持っていただき、本社の担当VPにつないでいただき、研究に賛同し参画していただくことができました」

NVIDIA がモデルの開発を支援

NVIDIAは2020年に大阪大学と共同研究契約を締結し、医用画像におけるAIのエキスパートという立場から研究に参画してきました。研究を担ったのは、NVIDIA日本法人に所属するエンジニアを含む、大学や研究機関との最先端のAI共同研究を推進するNVIDIAのチームです。

口腔粘膜疾患を判別するAIモデルの開発にあたっては、量と多様性を確保するため、多施設が参加した大規模な共同研究によって約4万枚の口腔内画像が収集されました。このうち、病理診断が確認された口腔内写真を中心に、専門医が一枚ずつ目視で品質チェックを行った画像を選別し、モデルの学習および検証に用いています。NVIDIAは、データ収集後のアノテーション作業における必要なツール、データの前処理手法等のアドバイスの提供から、AIモデルの開発を中心に研究に参画しています。

セキュリティを確保するため、データは大阪大学内のNVIDIA GPUを搭載したワークステーションに保存され、NVIDIAのメンバーが遠隔で大阪大学にアクセスする形で、AIモデルの開発に取り組みました。開発にはNVIDIAのライブラリが活用されたほか、大規模なデータの処理や予備的な解析には大阪大学のGPU搭載スーパーコンピューター、OctopusおよびSQUIDも活用されました。

本研究を初期から担当するエヌビディア合同会社 シニアソリューションアーキテクトの阮佩穎 (Colleen Ruan) は次のように述べています。「モデルの精度向上はトライ アンド エラーの繰り返しによって実現されました。大阪大学の専門医がモデルの推論結果をレビューし、『検出結果が不十分』と判断した場合は再学習を指示するというフィードバックループを回しました。こうして開発したモデルは、その後の医療機器としての開発を経て、製造販売承認の取得に至りました。患者さんの生活や命を守ることにつながる、このような社会意義の高い研究開発に携わることができたことを大変光栄に思います」

NVIDIAのような企業、そしてさまざまな研究機関や医療機関と共に重ねた研究成果を基盤として、大阪大学は医療機器メーカーである株式会社モリタ東京製作所と共に、社会実装活動を数年かけて進めました。

高次医療機関への受診勧奨を支援するツールとしての Mucosight AI

「口腔粘膜画像解析システム Mucosight AI」は厚生労働省の医療機器分類において新たに一般的名称が新設されたプログラム医療機器(SaMD:Software as a Medical Device)です。 想定ユーザーは口腔外科の専門医ではなく、一般歯科クリニックの歯科医師たちです。対象疾患は口腔がん、白板症(口腔潜在的悪性疾患の一つ)、良性腫瘍、口内炎の4つです。歯科医師が撮影した口腔内画像をブラウザ上からクラウド上にアップロードすると学習済みモデルが解析を行い、30秒程度で、疾患の類似性が一定以上の数値を示した場合にバウンディングボックス(枠)で表示します。4疾患の識別結果は枠の色で提示されます。

「口腔粘膜画像解析システム Mucosight AI」での解析結果のイメージ

本ソフトウェアは確定診断を行うものではなく、あくまで「専門医のいる高次医療機関へ紹介すべきかどうかの受診勧奨を支援するシステム」として位置づけられています。システムの出力を専門医への紹介状に添付することもできます。

目視では判別が難しい初期の口腔がんと口内炎を見分けるサポートによって、一般歯科医師が判断に迷った際の手がかりを得られる環境が実現すれば、口腔粘膜疾患に不慣れな歯科医師の判断を支援し、必要な患者さんを高次医療機関へつなぐ体制の強化が期待されます。一般に口腔がんでは、早期に専門医療へつなぐことができれば、治療の選択肢が広がり、治療後の機能温存や社会復帰に寄与することが期待されます。また、訪問歯科診療の現場でも、口腔粘膜疾患の受診勧奨の要否判断を支える情報提供ツールとして活用が期待されています。目標は、歯科医師の背中を押し、高次医療機関へのシームレスな紹介を支援することと、地域差の少ない歯科口腔医療の実現に貢献し、地域を問わず受診勧奨の判断を支える情報を得られる環境を構築することです。

平岡氏は次のように述べています。「一般的名称の新設を伴う品目として、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の審査を経て承認に至りましたが、製品化はゴールではなく、始まりに過ぎません。短期的には患者さんを対象とした有用性の評価を進めること、また現在対象としている白板症に加え、紅板症や口腔扁平苔癬を含む口腔潜在的悪性疾患(OPMD)全般へと対象を広げることにも挑戦したいと考えています。中長期的には、口腔内写真という単一モダリティから、CT、MRI、電子カルテ情報なども統合したマルチモーダルなシステムへの発展も構想しています」。

さらに、平岡氏は、NVIDIAとのコラボレーションのもと、フィジカルAIやエージェント型AIを活用した次世代システムの開発も検討しています。

Mucosight AIは、今後8月下旬頃に国内販売会社よりサービス提供を開始する予定です。

本発表の詳細は、大阪大学のプレスリリースをご覧ください。

※承認の新規性(国内での位置づけ)について
PMDAが公表するプログラム医療機器(AI SaMD)の承認品目一覧(2026年3月31日時点)に基づき、2026年7月時点で大阪大学の研究グループおよび関係者が確認した範囲において、歯科口腔外科領域で口腔内画像を用いて口腔粘膜病変の所見情報を提示し、高次医療機関への受診勧奨の要否判断を支援する承認済みプログラム医療機器は、国内で確認されていません。本記載は製品の優秀性を示すものではなく、承認および一般的名称の新設という事実に基づく客観的な記述です。

トップの画像提供:大阪大学歯学部附属病院