ひょうご粒子線メディカルサポートが業界の長年の課題にAIでブレイクスルーをもたらす
今、AIと粒子線治療という、二つの先端技術を組み合わせたがんの新たな治療法の開発に、NVIDIA Clara Imagingが活用されています。
がんにおける放射線治療では現状、X線の照射が一般的ですが、陽子線や炭素イオン線を照射する粒子線治療ではX線よりもピンポイントでがん細胞に照射できるため、周囲の正常細胞への照射により発生する副作用を軽減することができます。さらに、より高い能力でがん細胞を消失させることができるため、国内外で普及が期待されています。
兵庫県立粒子線医療センターはがんの撲滅を目標に、兵庫県によって2001年に設立されました。世界初の陽子線治療と炭素イオン線治療の両方が行える施設であり、粒子線治療を施行した症例は9,000例以上と世界トップクラスの経験を有しています。株式会社ひょうご粒子線メディカルサポートは、粒子線治療の普及を目的に兵庫県が中心となり2011年に設立された第3セクターのコンサルティング会社であり、兵庫県立粒子線医療センターから提供される専門性の高い治療ノウハウをもとに、システム開発や施設の立ち上げ支援を行っています。
放射線業界における長年の課題に挑む
リアルタイムで腫瘍と周辺正常組織の位置を把握することは、放射線業界において長年の課題で、技術的に解決することが困難でした。現状、治療の照射を行う前に一週間ほどかけて照射範囲や方向を決める治療計画が行われますが、特に腹部の臓器は日々動いているため、治療当日に、照射すべき位置や形が計画から変わっている場合があります。しかし現状のシステムではそれらの変化にすぐに対応して照射することができません。
このブレイクスルーとして、ひょうご粒子線メディカルサポートが取り組んでいるのが、治療日に撮影したCT画像上の腫瘍と周辺正常臓器の輪郭を作成するAIシステムの開発です。通常は医師がCT画像上でこの作業を行いますが、輪郭の作成には、概ね3~5時間を要します。また、この作業は医療知識だけでなく、ソフトウェアのスキルや経験も求められます。ひょうご粒子線メディカルサポートは、この作業をAIの活用により効率化・高速化することを目指しています。
医師が納得する精度と機能性を提供するClara Imaging
ひょうご粒子線メディカルサポートは8年前からリアルタイムの放射線照射の実現に向けて取り組んできました。しかしAIの活用に関しては社内で前例がなかったため、社内でAIへの信頼が乏しく、既存の自動識別アルゴリズムを上回ることができるのか、また限られた予算で開発できるかなど、疑問視する声や課題が多くありました。そのような状況の中、出会ったのがClara Imagingでした。
Clara Imagingは医用画像向けの AI 開発プラットフォームです。アプリケーションフレームワークであるClara Train SDKには、臓器や膵臓ベースのセグメンテーション、分類、AIアノテーションのための2D/3Dの事前学習済みモデル15種類以上が含まれており、NGC catalog上で無料提供されています。医療機関はこれらを利用してAI支援アノテーションを行ったり、各機関が所有する独自のデータを使って転移学習や連合学習を行い、モデルをトレーニングすることができます。また、Clara Deploy SDKを利用することで、Clara Trainで構築されたモデルを推論用にエクスポートすることができます。既存の医用画像システムへのAIアプリケーションの統合を効率化し、PACS環境とのシームレスな通信が行えるため、臨床現場に容易に展開することが可能です。
株式会社ひょうご粒子線メディカルサポート 支援企画課 主任の原田秀一氏は以下のように述べています。「Clara Imagingが提供する事前学習済みモデルは臨床現場の医師が納得する高い精度を備えていることが採用の決め手になりました。さらに3Dで学習できるアーキテクチャや医療画像で広く使われている画像フォーマット、DICOMにも対応している利便性も高く評価しています。」
90%の精度を実現、実用化を視野に
ひょうご粒子線メディカルサポートは2019年からNVIDIAの支援のもと、Clara Imagingを活用し、放射線治療向けに、単純CT画像上の腫瘍と周辺正常臓器輪郭を作成する各種AIモデルの作成、およびトレーニングを開始しました。学習環境には、コンパクトなワークステーションながら、AIスーパーコンピューターの性能を持つNVIDIA DGX Stationを導入しています。約100,000枚に及ぶCTデータを学習データとして、Clara Imagingで提供される事前学習済みモデルや既存のモデルのアーキテクチャをベースとし、肝臓、前立腺、頭部や胸部の臓器などを認識する独自のAIモデルを2年間で20種類以上開発しました。
すでに単純CTのみで高い精度の輪郭を作成することに成功しているモデルも多く、例えば医師が前立腺をCT画像上で抽出する場合、30分程度を要しますが、ひょうご粒子線メディカルサポートが開発したAIは、たった1分で90%という高い精度で認識することができました。また、複数の臓器を高速に同時抽出することも実現しています。
ひょうご粒子線メディカルサポートは今後、NVIDIAの協力のもと、各臓器のセグメンテーション モデルのさらなる精度向上を目指すほか、連携している各病院ではClara Imagingをベースに作成した自動セグメンテーション ソフトウェアが試行されています。これによって、各病院独自のデータをもとにモデルを再学習させ、病院に最適なオリジナルのモデルを作成することができます。ひょうご粒子線メディカルサポートは最終的に、各種AIモデルとNVIDIA GPUを搭載したワークステーションをAIシステムとして開発し、放射線治療のリアルタイム化ための重要なピースとして実用化を目指しています。